司馬遼太郎著『人斬り以蔵』
幕末四大人斬りとして京を震撼させた
“人斬り以蔵”こと土佐郷士岡田以蔵
丸ごと長編なのかと思いきや、戦国から明治維新の動乱を駆け抜けた志士達が題材の8編成短編集でありました。
著者の不朽の名作『竜馬がゆく』で見せた存在感が今も鮮明に記憶に残り、以来私のイメージする岡田以蔵像は司馬遼太郎モデルで定着しております。
佐藤健さんが「龍馬伝」で以蔵を演じて以来、更に興味が沸いたので表題作を目当てに入手しましたが、読んでみれば全作おもしろかったです!
<収録作品>
①鬼謀の人
②人斬り以蔵
③割って、城を
④おお、大砲
⑤言い触らし団右衛門
⑥大夫殿坂
⑦美濃浪
⑧売ろう物語
しかし私は岡田以蔵を語りたい。
『竜馬がゆく』の以蔵とほぼ同様、師匠の武市半平太に従順というキャラクターにブレはないのですが、武市が主人の言う事なら何でも聞く飼い犬同然に以蔵を扱う感じが、ちょっと抵抗ありだったかも…。
土佐藩は関ヶ原の戦いを機に鉄の上下制度が敷かれ、以蔵の剣の才も足軽という低い身分が足枷となり剣術も学問も通えず、大きなコンプレックスとして死ぬまで彼を縛りそして苦しめた。
裏を返せば身分制度が他藩よりも数倍厳しかったからこそ、反骨精神旺盛な幕末志士達が後の倒幕の中心となったのも頷けますね。
そんな以蔵に剣を仕込み、学問を教えた武市を師と慕い心酔な武市信者になっていくのは自然な流れで、その師の優しさの裏に以蔵の剣を人を殺める為の道具にしようと目論む事など露ほども疑わずに…。
以蔵としてみれば、主人の思想を阻む者を排除する事こそご恩に報いる幸せ。
でも手を汚す事でしか自分の存在意義は無いのか…この心の機微が限られた文章の中で尊敬から憎悪に変わっていく描写はさすが司馬先生でした。
最終的に武市は飼い犬に手を噛まれ、土佐勤王党は壊滅 その身も切腹となるのですが、以蔵の最期はもっと壮絶たるものでした。
「君が為 尽くす心は水の泡 消えにし後は 澄み渡る空」
本作にはありませんが岡田以蔵の時世の句を初めて知った時、